「3.三月の日常 - カポエィラを強くするもの」 黄帯よしこちゃん(ブラジル滞在記)

東京・新宿区、渋谷区で教室活動するカポエイラ・テンポ(カポエラ)のみんなが書くブログ。 練習やイベント情報、ブラジル日記やメディア裏話も!
2009/05/22(金)
二月のカーニヴァルが終わり、三月に入って、ブラジルの人々はやっと日常生活に戻るために重い腰を上げる。ボサノバの名曲、トム・ジョビンの「三月の水 Águas de Março」という歌にあるとおり、三月の雨には、カーニヴァルのお祭り騒ぎの後に残った人々の熱気や街の汚れを洗い流すという意味がある。もともとはインジオの言葉らしい。

そういうわけで、三月はブラジルを旅行をするには雨ばっかりでひどい季節だと、まわりから言われていた。ところが、私が滞在中は実にスカッとした晴天。おかげで、想像を絶する太陽光線によって、背中の日焼けが一大事件になってしまった。

三月の日常。オンジーナの人々は昼間仕事をして、夜にカポエィラの練習をするという生活に戻る。私も昼間は一人で、美術館で働いている知人をたずねたり、街を散歩したり、サルバドールから船で三十分ほどのイタパリカ島にある芸術家村を訪ねたりして過ごした。

アカデミーアでは基本的にはトニーが日々、カポエィラのクラスを受け持っている。夕方になると、トニーは、アカデミーアの前の石に腰掛けて、まずは子供が到着するのを待つ。ユニフォームを着て帯を締めた子供たちが、大人に連れられてわらわらとアカデミーアにやってきては、扉のなかに吸い込まれていく。

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暗くなってオレンジの街頭が点灯する時間になると、今度は大人の生徒がやってくる。ときどきトニーを手伝うために上の帯の生徒が参加したり、プロフェッソールの帯をしたカポエィリスタが代理でクラスをすることもある。カポエィラはその人のレベルによって、帯の色が分かれている。帯のない状態から始まって、バチザードというカポエィリスタとしての洗礼を受けると、初めて帯をもらい、それぞれのペースで昇段していく。技の取得から、他の帯のカポエィリスタとのジョーゴ(組み手)の流れや、ビリンバウやパンデイロの演奏や歌といった音楽、カポエィラに関する歴史や哲学。帯の段階によって要求されることは異なる。教えることができる帯の段階になると、その経験値が重要になる。あらゆる段階での帯に相応の行動が求められるし、その上で体型や性別、ひいては性格も含めた自分の個性に合ったカポエィラという動きの総合体を、探りながら形作っていく。

子供のクラスは、台風のど真ん中に立っているようだった。途中でベンチによじ登っては、アタバキという背の高い太鼓を叩き始める子供。避けの姿勢をしようとして、床に大の字に寝そべる子供。180センチを超える長身のトニーは自分の膝下ぐらいの身長の三歳児たちを、人形劇をつかさどるように練習が出来る状態に配置していく。えさを求める小鳥のように口々に主張する子供たちの群れを統制する。汗だくである。その間、私がもう少し大きな子供の相手をするべく、ジンガをし始めると、子供たちは、興奮しながら競って同じ動きをし始める。実に素直である。円になって音楽の練習を始めると、われ先にと、知っている歌を歌おうとする。騒々しい小鳥のさえずりをBGMに、この人は、こんなことを長い間こつこつと続けてきたんだろうなと、思った。生徒が少ししかいなかったときも、たくさんいたときも、初心者ばかりのときも、懐かしい生徒が突然現れたときも、それでもずっと。
子供の練習が終わると大人の練習が続く。トニーは子供の練習でも、大人の練習でも同じくらいの運動量で動き回って、カポエィラの身体の持っていき方を伝えていく。練習の最後には、円になって歌と音楽の練習をした。トニーがビリンバウを弾いて、そのほかの生徒がパンデイロと手拍子をする。ゆっくりとした歌から、次第にアップテンポの歌に上り詰めていく。歌と音楽は始まると同時に、生命をもってひとりでに膨張していくようで、あるとき自分が音楽に逆に身体を操られているような気分になる。動きの練習の余韻が残っているトニーの顔からは、汗が滝のように流れている。その熱に酔うように、満面に笑みを浮かべながらリズムに身を任せているその表情が忘れられない。

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火曜日。この日はトニーに代わって、ヴェフメーリョがクラスを受け持つことになっていた。授業がまさに始ろうとするとき、同じプロフェッソールのウーゴがアカデミーアに入ってきた。二人は子供のころから一緒にカポエィラで成長してきた仲間だ。

「やあ、メストレ!」

と、ウーゴがまさに練習をはじめようとしているヴェフメーリョに向かって片手を挙げると、それに気づいた彼は、さらに大きな声を上げて、ハイタッチをして、硬くウーゴの肩を抱いた。
数日前、アカデミーアの前で、汗だくでランニングをしているウーゴにはちあわせた。最近は仕事がかなり忙しくて、練習に行くよりも自分でトレーニングをしていると話していたけれど、どうやら久しぶりに練習に顔を見せたらしい。その日の練習は、結局、ウーゴがクラスを率いて、代わりにヴェフメーリョがそのアシストをする形になった。練習は実に基本に忠実な内容だった。美しい蹴りの動きをなぞるような練習から、歯車のような蹴りと避けのかみ合わせ、カポエィラの動きの成り立ちとその意味を復習させてくれるような内容だった。さらに、帯のレベルの高い生徒にはところどころで、上級者をにおわせる技を挟み込ませる。その人の動きの見せ方に対するセンスを垣間見る。そして、練習の最後には、代わる代わる、全員とジョーゴをした。

久々にウーゴとカポエィラをするヴェフメーリョは、明らかにはしゃいでいた。甲高い声でウキャウキャいいながら、舌をだしては、両手をひらひらさせるような動きもちらほら。まるで子供のように相手を挑発しては、小さな身体に備わった強靭なスプリングで、見るものを厭きさせないひねりの効いた動きを次々とつなげていった。その活力はただのパワーと技ではないような気がした。それよりも、久々にウーゴと会話をしている喜びが原動力のような気がする。二人の動きはまさに会話のキャッチボールで、どちらも互いの動きの行き先を読みあっている。冗談を言ったり、カマをかけたり、いつもの挨拶をしたり、いたずらしたり。互いの性格とか、会話の間とか、聞こえないけど響いてくる声の質とかを分かり合ってからいるからこそ、エネルギーに満ちている。ヴェフメーリョの動きにはどこかヒリヒリするほどに人間的な絆を求める真剣さとハングリーさがある。それは彼が今でこそ手にしている居場所と家族と友人を、大切に繋ぎとめてきた気迫に通じているのかもしれない。と、激しい動きによる熱にうなされながら、ぼおっとしたアタマで考えていた。

その次の日は、トニーの息子で同じくプロフェッソールのフラカォンがカポエィラを教えているフィットネスクラブに赴いた。フラカォンはアペリードで、「竜巻」という意味。物心ついたときから、カポエィラをはじめた正真正銘のカポエィリスタだ。そのフィットネスクラブはオンジーナからバスで三十分ほどのところにある。フラカォンは大学時代にそこでアルバイトをし始めて、今ではこのジムのインストラクターとして働いている。この日は、足首の調子がよくないフラカォンを助けて、ヴェフメーリョが練習のアシストをする。フラカォンとヴェフメーリョは小さなころから、寝起きをともにしながら、カポエィラで一緒に成長してきた血の繋がっていない兄弟。今でこそ、別々の場所でカポエィラを教えているけれど、一緒になると二人の動きは鍵と鍵穴のようにぴったりとかみ合う。ゆっくりとした音楽を聴きながら、そのリズムにあわせたジョーゴをする。床を近くに感じながら、無重力空間にいるように身体を操る動きは、アンゴーラのそれに似ている。ヴェフメーリョとフラカォンは代わる代わる、それぞれの生徒の帯のレベルに合わせたジョーゴする。ふと、その順番が途切れたところで、フラカォンの動きにヴェフメーリョが割って入る。
互いの息遣いが聞こえそうなほど近くに擦り寄りながら、互いのエネルギーを操っている。磁石のプラスとプラス、マイナスとマイナスが最小限の距離で反発し合っているようだ。音楽に導かれるような、二人のジョーゴ。ふとフラカォンが深呼吸をすると、その息遣いに気づいたヴェフメーリョが、ゆっくりとしたリズムに動かされて、アンゴーラ特有の動きであるシャマーダをはじめた。手と手を合わせて、互いの重力を受け止めたり、押し込んだりしながら、ホーダのなかを歩く動きだ。音楽に揺られ、脱力のようでいて、しっかり体重を地面に着地させる。一連の動きの休息。身長差こそある二人だけれど、その足と身体が感じるリズムが絶妙にかみ合っている。恍惚としたフラカォンとヴェフメーリョの表情が強く印象に残る。

カポエィリスタたちの絆、つながりと信頼は強くて深い。トニーが率いるこのグループの絆はひときわだ。というよりも、ある程度の技術を超えると、信頼関係がカポエィリスタを強くしていくのかもしれない。少しずつ、長い時間をかけて形作る人間関係。私は、ゆるやかな浮き沈みのなかで関係が成熟した、とてもよい時期に出くわしたのかもしれない。カポエィラはもともと奴隷が主人への反撃を目論見てはじめた動きとは多くの人が知っていることだ。奴隷制が終わったあとも、貨物船の荷物下ろし係をする男たちが、待てど暮らせどなかなか到着しない船を待っている間、港での暇つぶしのようにカポエィラをし続けた。カポエィラ・へジョナウという流れを整えた、メストレ・ビンバはまさにこの貨物船の荷下ろし係だったという。そのころは、帯の段階なんてなくて、ただうまい人もそうでない人もホーダのなかで転がりあっていた。不安定な生活を傍目に、「持たざる」労働者が繋がりあうきっかけだったのだろうか。技術もさることながら、私が一番、ブラジルの地で繰り広げられるカポエィラに関して「ホンモノ」を感じたのは、そんな人間の関係性だった。
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この記事へのコメント
Estou morrendo de saudae…!
電車で読んでたんだけど、いろんな思いが込み上げてきて、涙が出てきた~!
そんな京浜東北線車内です
2009/05/26(火) 21:54 | URL | かずAc,ucena #-[ 編集]
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