「2. バイーアの風」 黄帯よしこちゃん(ブラジル滞在記)

東京・新宿区、渋谷区で教室活動するカポエイラ・テンポ(カポエラ)のみんなが書くブログ。 練習やイベント情報、ブラジル日記やメディア裏話も!
2009/05/21(木)
ビーチから歩いて200メートル。舗装をすべてし終わらないうちに、作業をほおりだしてしまったような通り。その通り沿いに現れるブルーの壁。グルーポ・テンポの道場、アカデミーアの扉は、首を傾げるようにちょっとゆがみ、建物の二階に続く階段は少しずつねじれている。作り途中なのか、壊れてしまったのか、理由はさっぱりわからないけれど、ところどころの壁に隙間がある。そんな隙間から、夜も昼も風が吹き抜ける。そういえば、カポエィラにはVENTO(風)に関する歌がたくさんあった。

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今、トニーが住んでいるアカデミーアを増築している。まさにその作業途中のなかで、その家族は暮らしている。壁が外にぶち抜かれていて外の景色がむき出しだ。どうやら風の大きな入り口はここだったらしい。輪切りにされたようなコンクリート作りの家の一部を見ながら、トニーが言う。

「ここは、今はこんなだけどさ、もうじき別のグループのメストレが修理してくれる予定だから。」

そういえば、以前、別の日本人の生徒がここを訪れたときに、まさにこの壁の写真を見せてくれた。だけど、それ以来風貌は変わっていないらしい。「もうじき」という時間を長く長く引き延ばして考えてみる。バイ―アの風は涼しいときには暖かく、暑いときには心地よくて、ずっと外で暮らしてしまってもいいような、そんな気持ちにさせる。実際、路上はたくさんの子供が暮らしていて、トニーはしばしばそういう子供たちをアカデミーアに招いては、カポエィラを教えてきた。

夜、アカデミーアの前の道はオレンジ色の街頭が照っている。オレンジ色の街灯の向こうはゆるやかな坂になっていて、坂の上にはレンガを積み上げて作ったような簡素な家々が肩を寄せ合って集合している。その家の集合体から人々が出たり入ったりしている。ある女の子が赤ちゃんを抱えて通り過ぎるのを見ると、次の日には別の女の子が同じ赤ちゃんを抱えて歩いている。アカデミーアの扉の正面にある石のベンチに座っていると、実にいろんな人々が連れ立って通り過ぎていく。

着いた日の夜、次々とアカデミーアの住人とその近所に住む子供たちが、私に挨拶をしに立ち寄った。どの子供も、もじもじして、はにかみながら挨拶をしたかと思うと、以前ここに滞在した日本の生徒の名前をポツポツと声に出す。私が、その名前を聞いて、「知っている」と言うと、とたんに打ち解けたような表情に変わる。サウダ―ジという言葉が心からあふれ出しているような気がした。挨拶に興じている間、女の子が抱えていた三歳の男の子は、身長の半分の大きさはあるだろうというパンデイロを手にとっては、よちよちとリズムを刻んだ。

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サルバドールは半島のような形をしていて、ビーチがたくさんある地域と反対側は港になっている。旧市街は港があるあたりにあって、それを取り囲むようにゆるやかに都市ができている。サルバドールは16世紀にポルトガルによって植民地化されて以来、18世紀にリオ・デ・ジャネイロに首都が移るまでの間、ブラジルの首都として栄えた都市である。歴史地区の建物は背が低くて簡素だけれども、パステルカラーの壁がそれぞれ違う色で隣り合っていて、細かい部分に植物の模様のタイル張りが施されて実に品がある。地面は、長い時間をかけた人の往来を予感させるような、丸みを帯びた石畳で、それが地形にかぶさるようにできている。そんな淡い色とりどりの壁の前を、艶々とした肌のアフロ・ブラジレイロが歩いていく。都市が映し出す時代背景と、人々に宿るルーツが横から縦から、いろんな方向からオーバーラップして、ちょっと目の回るような気分になる。そういうわけで、大まかな都市機能はその旧市街の周りのセントロにある。交通機関はほぼバスしかない(電車は、志半ばにして挫折したように、途中でぶつりと切れたものが、街の一部を行き来しているのみだ)。ゆったりとした、小さな街だ。

そんな、こぢんまりとした街のビーチで、トニーは漁師をしたり、ライフガードをしたり、いつも海の近くにいながら暮らしてきた。練習のない土曜の夜、オンジーナからバスで10分ぐらいのヒオ・ヴェフメーリョという場所に行った。アカデミーアの近くに住むリリウという二十歳ぐらいの女の子も一緒だ。ヒオ・ヴェフメーリョでは土曜のお祭り騒ぎの最中で、トニーは近くのテーブルにamigosを見つけると、うれしそうに、彼らの背中を叩く。豆粒のように小さく見える、遠くを歩いている人でも、その人が友人ならば、腹のそこから大きな声を出して、「O!」と、声をかける。片手には常にビールの瓶。トニーの声が遠くまで響いたかと思うと、今度は遠くから同じ声色が返ってくる。

リリウの家は、アカデミーアの前の坂を上がっていったところにある。彼女もトニーのアカデミーアでカポエィラを習っている。ある夜、リリウが私の手に申し訳程度についている爪にマニキュアをしてくれるというので、彼女の家に行った。リリウの家は、大雑把な階段を上った丘の上にある。家のなかに入ると、彼女は真っ暗な中で街灯りを便りに天井についている裸電球をくるりひねってつけた。そして、窓の前にある机に座るように促した。窓にはガラスがなくて、外を見ると坂の下にぽつぽつとオレンジの光が散っている。リリウはシーツで仕切られた隣の部屋に行って、化粧ポーチのなかに入ったマニキュアの道具を持ってきた。だだっ広い、窓辺のテーブルの上に、派手に広げられた手の込んだマニキュアの道具。リリウは自分の太ももの上に私の足を乗せる。足の裏が暖かくて、眠くなった。

その間、何人もの人が家に入ってきては、リリウと一言二言話して出て行った。全員、私とは初対面なのに、まるで私を近所の住人と少しもたがわずに空気のように自然に挨拶をした。赤ちゃんを抱えた、恰幅のいい女性が家の中に入ってきた。リリウの親戚らしきその女性は、愛想なく、私に軽く挨拶をして、リリウの隣に座った。そして、除光液を拝借して、丁寧に尖った木の棒にコットンを擦り付けると、爪からはみ出た赤いマニキュアを拭い始めた。褐色の肌に金色のアフロヘアの赤ちゃんは、ニコニコしながらテーブルの上を立ったり座ったりしている。

「ねえ、彼女にはこっちの色と、こっちの色、どちらがいいかしら?」

と、私の手のひらをかざしながら、その女性に聞く。

「こちらの色のほうが、鮮やかでいいんじゃないの?」
「でも、この肌の色だと、やっぱり薄いほうがいいでしょ?」
「じゃあ、本人に聞いてみたら?」

その女性は、ときどきふて腐れて、ときどき大声で笑って、リリウと世間話をひとしきりしたあとで、赤ちゃんを抱えて家を出て行った。「Boa tarde」。

実に様々な人々が、家を行き来している。誰かの弟だったり、叔母だったり、兄だったり、友達だったり。そして、どこかしらに必ず赤ちゃんがいる。赤ちゃんは誰に抱かれようと、誰に手を握られようと、ニコニコして身体をゆだねる。どの子とどの子が姉妹であるとか、抱えている赤ちゃんが誰の弟であるとか、そういった説明を十分理解すること、家族の単位を理解することは、難しいことだ。誰が誰の子供であるか、誰がどこの家族の一員であるかということは、その場所で暮らすうえではさほど大きな問題ではないのだ。家族の単位というのが溶解して、つながりあう必要のある人たちがつながって、助けを求めている人々を、手の空いているひとが助けている。それは、隙間だらけの家々の集合体のなかで風のように自然に、ゆるやかに行われている。

そんなことを考えていたら、いつのまにか爪の手入れが終わっていた。ところどころに施された花びらのネイルアートを乾かすために、手をふらふらとさせていると、リリウが壁際のソファーのほうを覗き込んだ。

「ねえ、見て」

ソファーのほうに近づくと、三歳のリリウの小さな弟が裸ですやすやと寝ている。何人もの人が行き来して、挨拶をして、世間話をして、ときに大声で笑って出て行った家のなかで、小さな弟は目覚めることなく実にぐっすりと眠っていた。

壁には、画用紙にクレヨンで描かれた、バイーアの海の神様、イエマンジャーの絵が二枚ほど貼り付けてあった。どこかの子供の仕業だった。
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この記事へのコメント
文章からよしこながひの世界に引きずり込まれたよ~!!改めてサルヴァドールっていいなぁって思った!!
2009/05/22(金) 16:33 | URL | タリ #-[ 編集]
長いけどねー。
まだまだ記憶の断片が残っているよ。
2009/05/24(日) 00:32 | URL | ㊧ #-[ 編集]
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