「1.サルバドールとオンジーナへ」 黄帯よしこちゃん(ブラジル滞在記)

東京・新宿区、渋谷区で教室活動するカポエイラ・テンポ(カポエラ)のみんなが書くブログ。 練習やイベント情報、ブラジル日記やメディア裏話も!
2009/05/20(水)
ジャングルのなかに忽然と現れたモダニズム都市サンパウロから、19世紀のヨーロッパのような美しい町並みにやしの木が撓んでいるリオを経て、ブラジル北東部のバイ―ア州サルバドールへ。ブラジルは熱帯のジャングルのなかに、歴史が点で存在するような国。どの都市に行っても、住んでいる人もその人々の話し方も目に入ってくる風景も全然違う。まるで国のなかに国がいくつも存在しているようだ。繁茂する植物は、たった数世紀の間しか人間の手に荒らされていないので、まさに野生というにふさわしい色や形を留めている。じわじわと時間をかけて人間が自然のなかに侵入していったヨーロッパとは違って植生にパワーが溢れている。

サルバドール行きの国内線の席につくと、隣で聞き覚えのある「ゴツン」という乾いた音がした。みると、「しまった!」という顔をしながら、リュックの脇に縛り付けた大きなカバッサを撫でている青年が席に座っている。カバッサとはビリンバウの一部。音を響かせる重要なパーツで、ひょうたんでできた丸い「アタマ」の部分だ。あの音だと、きっとヒビが入ってしまっているなあ、と気の毒に思いつつ、彼が間違いなくカポエィリスタであることを確信した。「ああ、この飛行機はサルバドールのだ。」そろそろ着陸しようというころ(カバッサの一件のほとぼりも冷めたのを確認して)、その青年に話しかけてみた。

「カポエィラをやっているの?」
「そうだよ。君も?本当に?」

彼はサルバドールの大学でアンゴーラをやっていたという。アンゴーラとは、三種類あるカポエィラのスタイルのひとつ。大学を出たあとにリオで1年間仕事をして、今まさにサルバドールに帰るところだという。

「リオは大きなところで、美しいところだけどね。やっぱり僕はサルバドールがいいんだよ。」

飛行機から降りて、荷物を受け取る。アンゴレイロの青年はリオから引越しの荷物をいくつもの鞄に分けて飛行機に載せてきているので、全部の鞄を引き取るのだけで一苦労だ。カートの上に、大きく膨らんだ鞄をパズルのようにいくら体よく積み上げても、何度も転がり落ちる。私は彼を手伝って、太くてひときわずっしりと重いビリーバ(ビリンバウの棒の部分)を手に持って、出口に進んだ。自動ドアが開くと、目の前でマッチ棒のようにひょろ長い、褐色の男性が手すりに寄りかかっている。メストレ・トニーの出迎えだった。トニーは、すぐに私からビリーバを受け取った。

「アンゴレイロ?どのメストレとやってるんだ?え?ああ、よく知ってるよ、メストレによろしく伝えといてくれ。オンジーナのメストレ・トニーだって言ったらすぐわかるさ!」

トニーは、青年の荷物も手伝って、バスに乗ろうとした。でも、青年は途方もない荷物の量に、タクシーで帰ることを選んだ。去り際にトニーと固く握手をして。

バスに揺られて、ため息の出るような海辺の風景を眺めながら、オンジーナに到着したのが午後。オンジーナとはサルバドール市内にあるビーチの名前だ。サルバドールにはビーチがいくつもあって、ブラジル国内外から目の覚めるような色彩の風景を求めて観光客が訪れる。砂浜ではおでこに素潜り用のゴーグルをかけ、今まさに海から上がったばかりというような地元の男たちが、褐色の背中に水を滴らせて歩いている。片手に銛、もう片方に見事に仕留めた蛸や鯛に似た赤い魚やらを束にして握って家路へつく。海はバイーアに住む人々の生活に硬く結びついている。

メストレ・トニーは、バスの窓から見えるオンジーナまでの景色を息つく暇なく説明しながら、今までそこを訪れた日本人のカポエィリスタの名前とそのエピソードを立て続けに述べる。彼は今まで、一体何人のカポエィリスタを受け入れたのだろう。毎年、トニーはここオンジーナよりも時間が三倍速で進み、人口密度が何十倍もある大都市、東京にやってくる。そして、オンジーナで振舞うのと全く同じ情熱と、混乱をもってカポエィラとその哲学を教えている。

オンジーナに着いて、荷物を置いた後、昼食を食べに行った。トニーに連れられてビーチを歩いて、黒い藁のように粗野な植物が被さった小屋をいくつかのぞいて回る。とんがり帽子の海の家だ。小屋のまわりの白い砂浜には、赤や黄色のパラソルとプラスチックのテーブルが置いてある。

「E! O! 今日はどんな魚があるんだい?どれ、見せてみな。これで、この値段か。高いんじゃないのか。O! でも、いい赤い魚があるじゃないか、これにしてくれ。」

人が三人でも入れば窮屈な小屋のなかに、ずかずかと入っていくトニーの甲高い声。トニーはもともと漁師をしていたので魚を見る目はひときわ厳しい。夕方を前にして海はみるみるうちに満ちていく。水平線には、大きな貨物船が直線をなぞるようにゆっくりと左に進んでいった。

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ひどく時間がかかって、ファリーニャとトマトのサラダが添えられた魚のフライが出てくると、トニーがスプーンとフォークでうまく取り分けた。ライムとコリアンダーの香り。かちゃかちゃという音。皿からはみ出た魚の頭と尻尾が震えている。黙々と魚を食べながら、トニーの話を反対の耳で聞く。サルバドールのこと、バイーアのこと、オンジーナのこと、アカデミーアのこと、生徒のこと。おそらくトニーはこの話をいろんな生徒に同じようにしているのだろうけれど、すこしも語り古されたようすがない。笑ったり、怒ったり、驚いたりしながら、生き生きと昨日の出来事のように語る。トニーは、魚は手で食べるのが一番うまいんだといいながら片手で魚の頭にかぶりつく。

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そして、突如思い出したように、カポエィラのプロフェッソールの一人、ヴェフメーリョに電話した。ヴェフメーリョは、トニーに実の子供のようにカポエィラを通じて育てた青年だ。もう体育大学を卒業してカポエィラを教えている。子供のころ、路上で生活していたこともあったけど、今はお母さんと一緒に食堂も営んでいる。

「O! エスケルジーニャがついたぞ。」

同じフレーズを三回ほど繰り返して電話を切った。エスケルジーニャとは、私のアペリード(あだ名)で、左さん、leftyという意味。右左の方角を頭で理解して、すぐに行動にうつすのが苦手な私である。要するに、右に行けといわれると左に行ってしまい、左で避けろといわれて、右で避けてしまう。トニーは、カポエィラをやっていない初対面の人にも私のアペリードを誇らしげに伝え、私がその人に自分の名前を伝えたあとでもなお、即座にアペリードで呼びなおした。

トニーが話す声は、おそらく海のなかで泳いでいる人々にも聞こえている。それほど、声が大きい。腹のそこから搾り出すような声の張りとボリュームだ。私が飲み物にアグア・ジ・ココを注文すると、売り子に大声で言いつけた。

「O! ココだったらな。そこのココじゃなくって、キオスクの横のココの店のを買ってきてくれ。そこが一番いいんだから。い・ち・ば・ん・だ!いや、そっちじゃなくて、あそこだ。いけ、いけ。」

しぶしぶ売り子の少年が商売敵の売店にココを買いに行く。トニーおススメのサッカーボールのような大きさのココが、差し出される。するとまさにそのとき、つつ―と背後で自転車が止まった。プロフェッソール・ヴェフメーリョとは二年ぶりの再会だった。それでも、何だかすごく近くにいたような気がするのが変な感じだ。

「どのくらい、サルバドールにいるんだ?金曜までか?短いなあ。Pouco tempo.でも木曜はいる?そうか、ホーダにはいるんだな。じゃあ、練習は月、火、水か。」

ヴェフメーリョはホーダに参加できることを確認すると、練習のスケジュールを指折り立て始める。ホーダ(Roda)とは円という意味で、集まってカポエィラをすること。毎週木曜日にアカデミーアで行われている。月曜日はトニー、火曜はヴェフメーリョ、水曜はフラカォン。いいな?

この人たちはカポエィラで、もてなそうとしてくれている、そんな気がした。

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この記事へのコメント
メストレ達の様子が目に浮かんで笑える!
よしこちゃんの文章にはいつも圧倒されます。
2009/05/20(水) 17:54 | URL | なお #-[ 編集]
なんとロマンチックなんでしょう。
日本語って美しいなぁと思うステキな語り口です。
行ったことないのに景色が目に浮かぶようで。

㊧とはそういう意味だったんですね。
ナゾが解けた!
2009/05/20(水) 21:20 | URL | アイリ #-[ 編集]
すっかりご無沙汰しております。
この日記を読んで久しぶりにビリンバウを弾きたくなりました♪
続きが気になります!
2009/05/21(木) 07:02 | URL | どぶらぉん #-[ 編集]
まさしくトニーだ!
久し振りに声が聞きたくなったから
電話してみよっと、、、
2009/05/21(木) 11:00 | URL | 林 #-[ 編集]
出張から帰ってきました。
二ヶ月遅れの日記ですが、書いているとトニーたちの声が鮮やかに甦ります!
2009/05/22(金) 11:09 | URL | ㊧ #-[ 編集]
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