「ブラジルに到着。ひさしぶりとはじめましてがもりだくさん」ブラジル旅行記2012あきえ編 11/19(月曜日) 緑帯のあきえ

東京・新宿区、渋谷区で教室活動するカポエイラ・テンポ(カポエラ)のみんなが書くブログ。 練習やイベント情報、ブラジル日記やメディア裏話も!
2013/01/06(日)
11月19日(月)

リオ・デ・ジャネイロに到着。
ブラジルへの入国審査も無事に終わり、
サルヴァドール行きの空港を待つ。

この時点で誰かが空港に来るかどうかはわかっていない。

リオ・デ・ジャネイロから
サルヴァドールまで2時間のフライト。
サルヴァドールで無事に
自分の荷物をピックアップ。
到着ゲートを出て当たりを見回す。
知っている顔はなかった。

空港からオンジーナ(道場がある地域の名前)まで
乗降に慣れるまでが難しいと噂のバスに乗るのかと、
不安がよぎった。

知っている声がした。
あらわれたのはメシカーノだった。
(赤帯。2011年の昇段式のときに来日している)
今日は月曜日。
彼は仕事があるにもかかわらず
私たちを迎えにきてくれた。
ほんの数分遅れてメストゥリ・トニー到着。
メストゥリ・トニーの熱い抱擁は全く変わらない。
サルヴァドールで集合写真

空港からは2台の車で移動。
のりこさんとももこさんが、
メストゥリ・トニーと一緒にやってきた美女の運転する車に、
私はメシカーノの車に乗ることになった。
誰がどの車に乗るか決めたのはメストゥリ・トニー。

メシカーノは、なぜ到着が遅れたかと聞いてきた。
ヒースロー空港の顛末を説明したら、
メシカーノは、大変だったね、
不安だったろうに、と言っていた。
飛行場からおよそ40分間、
ポルトガル語に慣れるべく話を続ける。

車は海沿いの道を走り、オンジーナに到着。
写真でしか見たことのなかった
カポエィラ・テンポの本部、
Casa14が目の前にあった。
(Casaは日本語でいうと家、
 この家が14番地にあるためCasa14と呼ばれている。
 1階に道場、2階と3階が住居。)

ここまで来るのに何時間かかっただろうか。
Casa14


Casa14の前でもう1台の車を運転していた美女、
ダンダーラとあいさつ。
彼女はメストゥリ・トニーの姪。
続けてプロフェソール・フラカォンと半年ぶりに再会。
カポエィラ・テンポのお母さんこと、アニー、
Casa14に住んでいるビアとジエゴに
はじめましてのあいさつをする。

滞在中はCasa14の2階にある部屋を借りることになっていた。
2人部屋と1人部屋がひとつずつ。
のりこさんとももこさんが2人で、
私が1人で部屋を使うことになった。
私が借りることになったのは
プロフェソール・フラカォンの部屋だとわかった。

部屋に入って左手の壁には
これまでの帯とフラカォンを写した
タペストリが飾られていた。
部屋の壁にあった帯とタペストリ

荷物を置いてすぐに昼食。
近くの鉄板屋で食事をとる。
ここでエレーナとエレーナの旦那さんの
ジャイミ(空港からの移動中、メシカーノから
アンダーソンさんと呼ぶように言われた。
理由は聞いていない)に会う。
仲が良さそうな印象を受けた。

食事の内容は、ピラォン、
ムケッ・ジ・カマラォン、
牛肉と鶏肉のグリルとアイピン、
フェイジャォン、サラダ、お米。
ブラジルのお料理がテーブルいっぱいに並べられた。
できたての熱々、
そしてボリュームたっぷり。
肉!アイピン!熱々!
ひるごはん風景。

料理はそれぞれのお皿、あるいは鉄板に盛られている。
そしてひとりひとりの前に平皿、
ナイフとフォークが置かれた。
日本でブラジル料理を食べたことはあったが、
じっさいに食事をブラジルで食べるのは初めてだった。
どのようにすればよいか迷ったので、
メストゥリ・トニーを真似ようと待ってみる。

到着直後にもかかわらず、
私たちはものすごい量の食事をした。
のりこさんとももこさんは
ムケッカとピラォンがお気に入りのようだった。

ムケッカとピラォンには海老と蟹が入っていたため
香りのみを楽しむ。アレルギーなのか、
ひどいときは昏倒することがあるため
今回は遠慮しておいた。香りはすばらしかった。

メストゥリ・トニーは
私が甲殻類アレルギーであること、
お酒が飲めないことを覚えていた。

帰宅後、日本から持ってきたおみやげを渡す。

シャワーを浴びたら疲れが出たので仮眠をとる。
目が覚めたらのりこさんが目の前にいた。
練習がそろそろ始まるから起こしにきた、と言っていた。
時計を見たら19時10分。練習20分前。
あわてる。ありがとう。ごめんなさい。
着替えて部屋から出るとこちらを見てアニーが笑っていた。
起こしてみたが起きなかった、
鳴っていた目覚まし時計を止めておいたわよ、と。

プロフェソール・ヴェフメーリョ29が
2階に上がってきた。半年ぶりの再会。
明日、サルヴァドール観光に連れて行ってくれることになった。

住居スペースと道場はつながっていないので、
いったん玄関を出て、道場へ向かう。

カポエィラ・テンポ、ブラジル本部での
初練習は19時半から始まった。
子どもクラスの時間ではなかったが、
今日は子どもたちが大勢いた。
休憩の時間に子どもたちは怖がることなくに話しかけてくる。
「名前は?」
「アペリードは?」
「ベアトリス?」
「それ名前なの?アベリードなの?ねー、どっち?」
質問攻めだった。
ふりかえるとのりこさんもももこさんも
同じような質問攻めにあっていた。
お手伝いをするよい子との1枚。

週末にバチザードをひかえた月曜日、
今日は子どもをふくめ、帯なしの生徒が大半だった。
そのせいか、ジョーゴをする時間が
多くとられていたように感じられた。
メストゥリ・トニーは、
できるだけ帯なしと組んでジョーゴするように言っていた。
練習後。

練習は21時に終了。
夕食はビーチにあるSPEEDへ。
メストゥリ・トニー、エレーナ、ビア、
のりこさん、ももこさん、私、
それから途中で加わった男性をあわせて7人でテーブルを囲む。
th_2012-11-29_002.jpg

私の左側がビア、右側がエレーナ。
th_2012-11-19_001.jpg


クプアスのジュースとSpeed bahianoというバーガーを注文。
胡麻のはいったパンに牛肉とトマトとレタスが入っていた。
合計11ヘアイス。
ももこさんはマラクジャのジュース、
のりこさんははビタミーナ2というシェイク、
そして、大きなミートボールの乗ったパスタをシェアしていた。
メストゥリ・トニーとエレーナとビアの話は早くてついていけない。
しょげる。

夜のビーチではカニをみかけて、
メストゥリ・トニーはグッティ
(緑帯。渋谷支部の生徒)を思い出していた。

帰宅後、笹森先生にメールを出す。

ブラジルにいる人々のあたたかい歓迎にふれて、
この時点でもうみんなを大好きになっていた。
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